温暖化何するものぞ! 玉川温泉は雪の中[臨時写真速報]
3月2日(金)〜3月9日(金)
秋田地方気象台が発表した今冬のまとめは、まさに異常ずくめ。
真冬日の日数や平均気温、最深積雪、降雪量などの数値は、
観測史上に残る大暖冬だったことを裏付けている。
秋田の冬がこれでいいのか、と怒ってもしょうがない。
地球温暖化が迫りつつある危機に、われわれはどう対処すべきなのだろうか。
「秋田魁新報」の第1面「北斗星」から 2007年3月4日朝刊
今、話題の飛行機に乗った。
胴体着陸など最近トラブルの多いDHC8型機である。プロペラ機は久しぶりだったので、結構楽しめた。伊丹から1時間半、大館能代空港に無事着陸。秋田県なのに空気がナマ暖かい。
東京在住の娘二人が最初の2日間のみ同行した。左がエディトリアルK、右はグラフィックM。
彼女たちは岩盤浴も好きだったが、それ以上に、少なめの雪景色を見ることで満足していた。
左寄りの手前の機器はガイガーカウンター「はかるくんDX-300」である。よく働いてくれた。
バス道はキチッと整備されていたが、一般の乗用車の乗り入れは許されていなかった。
大きな雪だるまが何か話しかけようとしていたのだが、その意味が3日目の夜になって判明!
突然、雪が降り始めたのである。周辺の音をすべてかき消すように、静かに降り続けた。
7日午前6時まで24時間の降雪量は、秋田市でも4cmの雪が降った。
同市で1cm以上の降雪があったのは先月16日以来。
登校の児童たちは防寒着に身を包み、足元に注意を払いながらも、
久しぶりの雪の感触を楽しんでいるようでもあった。
「秋田魁新報」の記事「県内久々の銀世界」から 2007年3月7日夕刊
降り始めたら、さすがは雪国である。しつこく、しつこく、これでもかと降り続ける。後半の5日間は外出できないほどであったが、ちょっとした晴れ間にはカメラを持って外に出た。
念願の「雪の玉川温泉」である。アイゼンを着けた登山靴で歩くのは自重したのだが…
雪景色は堪能した。無数にある噴気孔からのガスが周囲の寒気で曇らせ、雪肌に紗をかけた。
これは玉川温泉の大浴場である。
こちらは新玉川温泉の大浴場の中にある人工岩盤浴である。冬なのでガラス戸で遮断されているが、それでも寒気が流れ込んでくるために、かなり寒い。床材の石盤に北投石のようなものが付着していて、ラジウムを発生している。最高1.75マイクロシーベルトもあるのだ。
ということで、今回のラジウム湯治はこの人工岩盤浴に徹した。
芋、たまご、ニンニクなど、現地では食べきれないほど、蒸し焼きをした。
新玉川温泉から玉川温泉まで、夏だったら10分で歩ける距離なのだが、この戦車のような形をした雪上車に乗って、ゆっくりと15分間、山間の道を遠回りして移動しなくてはならない。
この雪上車は何とハンドルがない。急坂の雪道の上り下りでは並はずれた力強さを発揮した。
帰路、立ち寄ったお土産物屋には、なまはげが現れた。包丁まで持って客を恐がらせていた。
田沢湖高原のホテルでは、津軽三味線のライブを聴くことができた。地元ファンが大勢いた。
東北の冬の味覚と言えば、このハタハタを思い付くのだが、8日間の滞在中に一度しか食卓にのぼらなかった。ばん回する意味で、秋田市内の魚市場でハタハタを買って帰ろうとしたら、なんと「兵庫県産」と表記してあった。ビックリした。兵庫県って、何でもあるのだなぁ!
3月16日(金)〜4月4日(水)[速報の中の速報]
地名がたまたま、「玉」シリーズになります。
三月なのに、まるで真冬の雪国の状況を体験させてくれた玉川温泉から神戸に帰って一週間後、今度は本州でもいちばん暖かいと思われる岡山県南部、瀬戸内に面した玉野市に来ています。
この玉野市のD病院はドイツ製のCT装置と日本製のサーモトロン装置を融合させて独特の温熱療法を編み出したために、日本全国からの患者がその治療を受けるために集まっています。
バブミッシェルの場合、クルマで1時間半の距離ですから通院も可能なのですが、20日間入院させていただき、9回の温熱治療をやっていただくことになりました。入院にあたっては個室がとれたために、マネージャー兼付き添い看護のビビミッシェルも同室に寝泊まりしています。
瀬戸内では代表的な海水浴場である渋川海岸からの写真です。遠景は右端が古い家並みが人気の下津井港もある児島の街々、中央が瀬戸大橋、左には讃岐富士などの四国の山々が連なる。